大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所小倉支部 昭和46年(ワ)937号 判決

原告

丹波茂

ほか一名

被告

三宅和敏

主文

被告は原告丹羽茂に対し金一六三万八、〇〇〇円及び内金一五三万八、〇〇〇円に対する昭和四六年四月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告は原告丹羽シマエに対し金一九三万八、〇〇〇円及び内金一八三万八、〇〇〇円に対する同年同月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの、その余を被告の負担とする。

この判決は原告らの勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告は原告らに対し各金四六一万円及び内金四一一万円に対する昭和四六年四月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因などとして、

「(一) 被告は、昭和四六年四月二九日被告所有の八岡あ六四二二二号軽四輪乗用自動車(以下被告車という)の助手席に訴外亡丹羽満を同乗させて運転し、日南市方面から宮崎市方面に向け国道二二〇号線を北進し、同日午後一〇時ごろ、宮崎県日南市大字宮浦サボテン公園南東二〇〇メートルの地点にさしかかつた際、自車を国道から道路右側の崖下に転落させ、よつて同所において右丹羽満を頭蓋底骨折により死亡させた。

(二) 被告は、本件事故当時被告車を保有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条により、本件事故により生じた損害の賠償をする義務がある。

(三)(1) 亡満は昭和二五年八月一九日生れの男子で本件事故当時満二〇才であり、厚生省発表の「第一二回生命表」によれば、平均余命は五〇・一八年であり、本件事故がなかつたならば六三才まであと四三年間は就労が可能である。そうして被告は門司工業高校を卒業していたから労働大臣官房統計調査部刊行の労働統計年報によれば、昭和四五年度の高校卒以上の男子全労働者の一人当り平均一ケ月の給与額は、金五万四、三〇〇円であり、年間賞与その他の特別給与額は、一年間金一六万四、八〇〇円であるところ、同人の支出すべき生活費は、収入の二分の一を超えないから、同人は右稼働期間中毎年当該年度の五〇パーセントの純益を得ることができたはずであり、右期間中の得べかりし利益からホフマン式計算により年毎に年五分の割合による中間利息を控除してその現価を算定すると金九二二万円(一万円未満切捨て)となる。

(2) 亡満は、前途ある青春を失い、その生命まで奪われたので、満の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は、金二〇〇万円が相当である。

(3) よつて亡満は、本件事故により結局金一、一二二万円の損害を蒙り、被告に対し同額の損害賠償請求権を有するところ、同人の死亡により父または母である原告らが相続人としてその地位を承継し、各自二分の一の法定相続分に従い各金五六一万円の損害賠償請求権を取得した。

(4) 亡満は、原告らの第五子で始めて生まれた男子であり、幼時から現在まで他の如何なるものに増していつくしみ育ててきた。その満を突然本件事故により失つたものであつて、その精神的苦痛は筆舌につくし難いものがあり、これを慰藉すべき額は各金一〇〇万円をもつて相当とする。

(5) 被告は、本件事故によつて生じた損害については、これが賠償の責に任ずべきところ、任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士多加喜悦男に本件訴訟を委任することになつたが、同弁護士に対しては、着手金各金二〇万円、成功報酬として各金三〇万円を支払うことになつている。

(6) ところで原告らは、自賠法に基づく保険金として金五〇〇万円の支払を受けたので、各金二五〇万円を右原告らの損害に充当し、更に原告丹羽茂は、被告から金三〇万円の支払を受けたので、これを原告茂の損害に充当した。

(7) よつて原告茂は、被告に対し金四三一万円及びこのうち弁護士費用を除く金三八一万円に対する本件不法行為の翌日たる昭和四六年四月三〇日から、原告シマエは、被告に対し金四六一万円とこのうちから弁護士費用を除く金四一一万円に対する本件不法行為の翌日たる同年同月三〇日から各完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。被告の主張事実は否認する。」と述べた。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、

「(一) 請求原因第一項の事実は争う。

(二) 同第二項の事実中、被告が本件事故当時被告車を保有し、これを自己のために運行の用に供していたことは認める。

(三) 同第三項の事実中、亡満が本件事故当時二〇才であつたこと及び原告らが亡満の父、母であることは認めるが、その余の事実は知らない。

(四) 同第四項の事実は争う。

(五) 同第五項の事実中、原告らが本件訴訟を弁護士多加喜悦男に委任したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(六) 同第六項の事実は認める。」と述べ、

抗弁として、

「(一) 亡満は、被告車の共同運行者であつて、自賠法三条の「他人」ではない。すなわち、亡満は被告と元神戸製鋼における同僚であつたところ、亡満は昭和四六年四月に退職して実家に帰省し、当時職探しをしていた。被告は同年四月末に休暇をとつて九州一周旅行に出、途中門司の原告方に立ち寄り、亡満と話しているうち、満も同行を希望するようになり、二人で九州一周に出ることとなつた。こうして旅行の途次日南市において本件事故が発生したのである。

従つて本件事故当時は、被告と亡満は共同の運行目的下に事故車を運行の用に供していたものであつて、他人ではない。

(二) 仮に亡満が共同運行供用者ではないとしても、無償同乗者であつて、被告の責任は量的に制限されるべきである。」と述べた。〔証拠関係略〕

理由

(一)  その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められる〔証拠略〕を総合すれば、本件事故現場は、有効幅員七メートルの歩車道の区別のない舗装道路であつて、日南市方面から宮崎市方面へ向け左方(西方)に約一一〇度カーブしていること、ところで被告は昭和四六年四月二九日被告車の助手席に亡満を同乗させて運転し、日南市方面から宮崎市方面に向け国道二二〇号線を北進し、同日午後一〇時ごろ、宮崎県日南市大字富士サボテン公園南方約二〇〇メートルの地点にさしかかつたが、前記高速度のまま左に曲がろうとしてハンドルを左に切つたため、自車の安定を失い、右に横転しそうになつて狼狽のあまりハンドル操作を誤り、自車を約三〇・三メートル直進させて道路右側外に逸脱させ、その勢により自車を約二二・八メートルの崖下の岩場に転落させて、亡満に対し頭蓋骨複雑骨折による脳挫傷の傷害を負わせ、よつて同人を右傷害によりその直後同所で死亡させたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、被告は被告車を運転して本件事故現場にさしかかつたが、同所は左方に約一一〇度カーブしているうえ、夜間のため暗く見透しが困難な状況にあつたからこのような場合、自動車運転者としては法定の最高速度(時速四〇キロメートル)を遵守するは勿論のこと、適宜減速徐行して事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものというべきところ、被告はこれを怠つたのであるから、本件事故の発生につき被告に過失があつたことは明らかである。

(二)  被告は、亡満が被告車の共同運行者であつて、自賠法三条の「他人」ではないから、損害を賠償すべき責任はない旨主張する。なるほど証拠略によれば、被告は亡満ともと神戸製鋼における同僚であり、亡満と話合のうえ九州一周旅行に出かけ、その途中本件事故を発生させたことは認められるが、右事実から直ちに被告主張事実を推認することはできず、かえつて〔証拠略〕によれば、亡満は運転免許を持たず、本件事故当時は勿論のこと、旅行の途中常に被告が被告車を運転し、亡満はその助手席に同乗していたにすぎないことが認められる。右認定事実によれば特段の事情の認められない本件においては、亡満が被告車の共同運行者であるとは言えず、右主張は採用することはできない。

しかして被告が、被告車を保有しており、これを自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いのないところであるから、被告は自賠法三条により発生した損害につき、これが賠償をする責に任ずべきである。

(三)  ところで本件事故は、被告の前記過失により生じたものであるが、亡満もまた本件事故現場附近にさしかかつた際道路が左方に約一一〇度カーブしているうえ、夜間のため暗く見透しが困難な状況にあつたから、このような場合、無償同乗者としては運転者たる被告に対し減速徐行をうながすべきであつたのにこれを怠つた点において、亡満にも過失があつたから、損害賠償の額を定めるにつき斟酌すべき亡満の過失の割合は二割を認めるのが相当である。

(四)  〔証拠略〕を総合すれば、亡満は昭和二五年八月一九日生れで本件事故当時は満二〇才の健康な男子であり、厚生省発表の第一二回生命表によると、二〇才の男子の平均余命年数は五〇・一八年であるから、亡満の稼働能力は少くとも同人が六三年に達するまで四三年間は存するものと認められる。

そうして右証拠によれば、亡満は門司工業高校を卒業して神戸製鋼に勤務していたが、昭和四六年四月に退職し、本件事故当時は職を探していたことが認められる。

ところで、労働大臣官房統計調査部刊行の労働統計年報によれば、昭和四五年度の高校卒以上の男子全労働者の一人当り平均一ケ月の給与額は、金五万四、三〇〇円及び年間賞与その他の特別給与額は、一年間金一六万四、八〇〇円であること、そして同人の控除すべき生活費は、収入の二分の一を超えないものと推認するのが相当である。

そうすると同人は右稼働期間中、毎年当該年度の所得の五〇パーセントの純益を得ることができたはずであり、右期間中の得べかりし利益からホフマン式計算法により一年毎に年五分の割合による中間利息を控除してこれを本件事故発生時における一時払額に換算すると、右純収益は金九二二万円(一万円未満切り捨て)となり、従つて同人は本件事故により同額の得べかりし利益を喪失したものということになる。

ところが前記認定のとおり亡満にも過失があつたから、亡満の得べかりし利益の喪失による損害中、被告に請求し得べき損害額は、前記金九二二万円から二割を減じた金七三七万六、〇〇〇円ということになる。

そして原告らが亡満の父、母であることは当事者間に争いがないから、他に満に相続人のいることは認められないから、同人の死亡により原告らは二分の一の法定相続分に従つて各自金三六八万八、〇〇〇円の損害賠償請求権を相続により取得したものといわなければならない。

(五)  〔証拠略〕を総合すれば、亡満は前途ある青春を失い、生命まで奪われ、原告らは、本件事故により満を失つたことにより、多大の精神的苦痛を受けたことが認められるが、前段認定の満の過失をも含む諸般の事情を考慮すると、その苦痛に対する慰藉料としては、満につき金八〇万円、原告らにつき各金二五万円が相当である。

そして原告らは、満の死亡により二分の一の法定相続分に従い各自金四〇万円の慰藉料請求権を相続により承継取得したものといわなければならない。

(六)  本件事故による損害賠償請求を提起するに当り、原告らが弁護士多加喜悦男に訴訟委任をしたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、その手数料及び成功報酬として各金五〇万円を支払う旨の約定であつたことが認められるが、本件訴訟の難易、経過及び認容額その他諸般の事情を参酌すれば、本件事故と相当因果関係のある損害として被告の賠償すべき弁護士費用は各金一〇万円をもつて相当と認める。

(七)  そうだとすると、本件事故により原告らは、それぞれ合計金四四三万八、〇〇〇円の損害を蒙つたものというべきところ、原告らが自賠法に基づく保険金として各金二五〇万円を、更に原告丹羽茂が被告から金三〇万円を受領したことは原告らの自認するところであるから、前記金四四三万八、〇〇〇円から原告丹羽茂については右合計金二八〇万円を差引いた残額金一六三万八、〇〇〇円が、原告丹羽シマエについては右金二五〇万円を差引いた残額金一九三万八、〇〇〇円がそれぞれ蒙つた損害ということになる。

(八)  以上の認定によれば、被告は、原告丹羽茂に対し、金一六三万八、〇〇〇円及びこのうちから弁護士費用相当損害金一〇万円を控除した金一五三万八、〇〇〇円に対する本件事故の発生した翌日である昭和四六年四月三〇日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告丹羽シマエに対し金一六三万八、〇〇〇円及びこのうちから弁護士費用相当損害金一〇万円を控除した金一五三万八、〇〇〇円に対する本件事故の発生した翌日である同年同月三〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、右の限度において原告らの請求を認容し、原告らのその余の請求を棄却する。

よつて訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九二条但書、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 内園盛久)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例